慢性痛治療の専門医による痛みと身体のQ&A

精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)

Q:精索静脈瘤とは何ですか?

精索静脈瘤(せいさくじょうみゃくりゅう)とは、陰嚢の中にある精巣(睾丸)から心臓へ戻る静脈が異常に拡張し、こぶのようにふくらんでしまう状態を指します。陰嚢内には精子を運ぶ精管や、精巣へ血液を送る血管、リンパ管、神経などが束になった「精索(せいさく)」と呼ばれる構造があり、精索静脈瘤は、この中の静脈の血液がうまく流れず、逆流することで血管が膨らむ病気です。

これは男性がかかる珍しくない疾患で、健康な男性の約15%に認められるとされます。特に左側に発生しやすいことが知られており、精索静脈瘤の約80~90%は左側で起こります。

また、精索静脈瘤は、男性不妊の主要な原因の一つでもあり、不妊症の男性の約3~4割で精索静脈瘤が認められるとの報告があります。

正常な静脈と精索静脈瘤
正常な静脈と精索静脈瘤

Q:精索静脈瘤にはどんな症状がありますか?

精索静脈瘤の多くは自覚症状がないかごく軽度ですが、症状が現れる場合は、代表的には陰嚢の重だるさや鈍い痛み、違和感であり、特に午後から夕方にかけて長時間の立ち仕事やデスクワークの後に『張っている』『突っ張る』『じんわり熱い』といった不快感や重苦しさとして感じられるのが特徴で、立位で悪化し横になると軽快するほか、触れると“ミミズばれ”のような静脈の膨らみが感じられることもあります。

Q:精索静脈瘤は男性不妊の原因の一つだと聞きましたが・・・。

はい。精索静脈瘤は男性不妊の原因の一つでもあります。

静脈瘤によって陰嚢内の血液が滞留すると、精巣の温度が上昇し、精子を作る働きに悪影響を及ぼします。精子にとって最適な温度は体温より少し低い約32~34℃ですが、精索静脈瘤があると精巣温度が体温並みの36~37℃程度まで上昇し、精子の数や運動率が低下してしまいます。

この高温状態が続くことで精子の質(DNA損傷や形態など)が悪化し、乏精子症や精子無力症の原因となることが分かっています。精巣機能の低下は男性ホルモンの分泌不足にもつながり、将来的に男性更年期障害(LOH症候群)を引き起こす可能性も指摘されています。

Q:見た目で精索静脈瘤とわかることはありますか?

はい、進行した精索静脈瘤では見た目にも特徴的な所見が現れます。具体的には、陰嚢の皮膚越しにミミズがとぐろを巻いたような怒張した静脈が浮き出て見えることがあります。特に立っているときに陰嚢の裏側に触れると、柔らかい血管の塊(いわゆる「虫垂袋」「bag of worms」)を感じられる場合があります。

症状のある側(多くは左側)の陰嚢が反対側より膨れて垂れ下がって見えることもあり、鏡で見ると左右差が明らかなケースもあります。この症状は午後や長時間の起立後に強くなる傾向があります。朝や安静時には静脈の張りやふくらみが一時的に軽くなり、見た目では分かりにくいこともあります。

こうした見た目の特徴は、他の陰嚢の病気と見分けるときの手がかりにもなります。例えば、精巣上体炎(副睾丸の炎症)では急激な痛みと発熱、陰嚢の発赤腫脹がみられますし、鼠径ヘルニアでは腸が飛び出すことで鼠径部から陰嚢にかけて膨らみます。しかし精索静脈瘤では、痛みは慢性的で鈍痛でありそこまで急激なものではなく、陰嚢の表面に血管が浮き出て見える、といった特徴があります。また、仰向けに寝ると陰嚢の膨らみが軽減する点も、ヘルニアとの違いです。

これらの点から、「立つと出て、寝ると消える陰嚢のコブ」があれば精索静脈瘤が疑われます。ただし自己判断は難しい場合もあるため、気になる症状や見た目の変化があれば専門医に相談することをおすすめします。

【治療実例】
陰嚢の重苦しい痛みと不妊の不安 精索静脈瘤カテーテル治療で改善した30代男性の症例

Q:精索静脈瘤をセルフチェックする方法はありますか?

はい、簡単なセルフチェック方法があります。精索静脈瘤は症状が軽いと気づきにくいですが、自分で陰嚢を見たり触ったりすることである程度確認できます。ポイントは立った状態で陰嚢をチェックすることです。

目で観察する:
鏡などを用いて陰嚢を正面と裏側から見ます。左右の陰嚢に大きさや高さの差がないか、表面に血管の怒張(ボコボコとした隆起)が見えないか確認してください。精索静脈瘤があれば、特に左側の陰嚢上部から後ろ側にかけて青紫色の血管が浮き出て見えることがあります。

手で触れる:
親指と人差し指で陰嚢をつまむようにして、中の精索に触れてみます。立った状態でお腹に力を入れる(軽くいきむ、Valsalva負荷)と、精索部分にブドウの房のような柔らかい血管の塊(「虫垂袋」や「bag of worms」とも呼ばれる)が触れられることがあります。

セルフチェックで「怪しい」と思われる所見がある場合は、一度泌尿器科を受診して専門医の診断を受けることをおすすめします。仰向けに寝た状態で陰嚢の膨らみがスッと消えるようであれば、精索静脈瘤の可能性が高いですが、医師による触診や超音波検査で正式に診断することが大切です。

Q:精索静脈瘤になる原因はなんですか?

主な原因は静脈内の「逆流防止弁」の機能不全です。本来、精巣から心臓へ戻る静脈には血液の逆流を防ぐ弁がありますが、何らかの理由でこの静脈弁が壊れるとうまく血液が流れず逆流が起こります。逆流した血液が精索内の静脈に溜まって血管を押し広げ、瘤状(こぶ状)に膨らませてしまうのです。長年の立ち仕事や思春期以降の急激な成長などで静脈に負担がかかると、弁に障害が生じやすいと考えられています。

また、精索静脈瘤が左側に多いのは解剖学的な理由があります。右の精巣静脈は下大静脈という体の中心にある大きな静脈に直接、しかも逆流しにくい角度で合流するのですが、左の精巣静脈は腎静脈という血管に直角の角度で合流します。腎静脈は腎臓の血液が大量にながれますが、その途中で重力の向きに90度に合流するのが左の精巣静脈であるために、弁の機能不全があるとすぐに腎静脈の流れが逆流しやすくなります。

さらに、左腎静脈が大動脈と上腸間膜動脈にはさまれて圧迫されることで静脈圧が高くなる「ナットクラッカー現象」(くるみ割り現象)が起こりやすいことも関係しています。この現象により左精巣静脈の血液がうっ滞しやすく、結果的に左側の精索静脈瘤が生じやすいのです。事実、精索静脈瘤の大部分は左側で、右側のみの発症はまれです。

なお、思春期~青年期に精索静脈瘤が発生するのは、精巣の成長に伴う血流増加やホルモンバランスの変化が一因と考えられています。一方で30~40代以降に突然左ではなく右側だけに精索静脈瘤が現れた場合、腎臓腫瘍などによる静脈の圧迫が原因の可能性もあります(この場合は精索静脈瘤そのものではなく他疾患の症状として現れます)。特に急に出現した片側性の精索静脈瘤は精密検査が必要です。いずれにせよ、精索静脈瘤は静脈の構造的な問題によって生じるものであり、逆流防止弁の機能不全と左精巣静脈の走行が主な原因となっています。

Q:精索静脈瘤を放っておいても大丈夫ですか?

精索静脈瘤を放置することはおすすめできません。症状が軽いからといって放っておくと、痛みや違和感が慢性化したり、精巣の機能低下が進行してしまう恐れがあります。例えば、「夕方になると陰嚢が重苦しい」「長時間同じ姿勢でいると陰嚢が痛む」といった症状がある場合、それが毎日続くと日常生活の質(QOL)を下げてしまいます。

また先述の通り、精索静脈瘤は精子の質の低下と関連するため、放置することで不妊のリスクが高まります。実際、精索静脈瘤ができると時間とともに進行し悪化していくことが知られており、一度できた静脈瘤は自然には元に戻りません。精巣への余分な負荷がかかり続けると精巣組織がダメージを受け、精子を作る能力が徐々に損なわれてしまうのです。その結果、精子数や運動率の低下だけでなく、放置期間が長いと男性ホルモン(テストステロン)分泌の低下を招き、将来的に男性更年期障害(LOH症候群)の一因となる可能性も指摘されています。

以上のように、精索静脈瘤を放っておくことは痛みの慢性化や生殖機能・ホルモンへの悪影響を招く恐れがあります。症状が軽度でも一度は専門の医師に相談し、経過観察でよいのか治療すべきか評価してもらうことを強くおすすめします。特に将来的にお子さんを望まれる場合や現在不妊治療中で精索静脈瘤があると言われた場合は、放置せず適切な治療を検討すべきです。

Q:精索静脈瘤は自然に治ることはありますか?

いいえ、精索静脈瘤が自然治癒することは基本的にありません。一度生じた静脈瘤は先述のように血液の逆流によって維持・進行していくため、何もしないで元通りに治ることは期待できません。むしろ放置すると徐々に悪化する傾向があり、軽症だったものが年月とともに中等症~重症へと進行することもあります。

実際、一人目のお子さんは問題なく授かった男性が、その後年月が経って精索静脈瘤が悪化したために二人目不妊になるケースも報告されています。このように精索静脈瘤は自然には消失しませんので、「そのうち治るだろう」と様子を見続けるのは得策ではありません。症状が軽い段階であっても、適切なタイミングで医療機関を受診し、必要に応じた治療や生活上のアドバイスを受けることが大切です。

痛みがあるのに「経過観察」と言われました。本当に治療しなくてよいのでしょうか?

痛みの程度によっては、「いったんは」経過観察となる場合もありますが、症状が続くようなら再度治療を検討すべきです。精索静脈瘤の治療方針は症状の強さや患者さんの希望によって決まります。痛みがごく軽度で日常生活に支障がない場合、医師が「経過観察」(すぐに治療せず様子を見る)と判断することは珍しくありません。

実際、軽症の精索静脈瘤は命に関わるものではなく、精子やホルモンへの影響も軽微なことが多いため、そのまま定期的に観察する選択肢もあります。この場合、締め付けの少ない下着を着用したり、陰嚢を適度に冷やす・温めすぎないようにするなど生活上の工夫で痛みをコントロールできる場合もあります。

しかし、「痛みが続いてつらい」「夕方になると毎日不快」「将来的に不妊が心配」といった場合は、遠慮せず医師に再相談してください。経過観察中でも、症状が悪化したり生活の質に影響を及ぼすようであれば、治療を前向きに検討すべきタイミングです。特に精索静脈瘤による慢性的な痛みは、治療によって根本的に解消できるケースもあります。また、不妊の原因となっている可能性があるなら、放置するメリットはほとんどありません。「本当に治療しなくて大丈夫か」と不安に思われる場合は、その気持ちを主治医に伝え、治療の適否について納得いくまで相談することが大切です。必要であればセカンドオピニオンを求めてもよいでしょう。患者さんご自身が納得し安心できる形で経過観察ないし治療に臨むことが、長い目で見て良い結果につながります。

Q:精索静脈瘤の治療法を教えてください

根本的な治療法としては、日帰りでできるカテーテル治療(後述)と、メスを入れる手術(高位結紮術・低位結紮術)があります。

手術は、患側の精巣静脈を体内で結紮(糸でしばること)して遮断し、逆流を防ぐ方法になります。開腹または腹腔鏡下で行われ、最近では傷が小さい顕微鏡下手術(顕微鏡下低位結紮術)が主流です。静脈瘤そのもの(膨らんだ血管のコブ)を直接取り除くのではなく、原因である逆流を断つことで徐々に瘤を縮小させる手術です。手術時間は1~2時間程度、全身麻酔または局所麻酔で行われ、多くは日帰りまたは短期入院で実施されます。顕微鏡手術では再発率は低く(数%以下)抑えられ、術後3~6か月で精液所見の改善が期待できます。

Q:切らずに精索静脈瘤を根本的に治す方法はありますか?

日帰りで局所麻酔のみでできる体に負担の少ない治療がカテーテル治療です。血管塞栓術ともよばれます。この治療は、足の付け根(鼠径部)から非常に細いチューブ(カテーテル)を挿入し、痛みの原因となっている精索静脈まで進め、異常な血流が起きている血管にアプローチすることで、根本的な改善を図ります。

手術ではおなかを切ってアプローチして血管を外から外科用の糸で縛りますが、カテーテル治療では、血管の中にプラチナでできたコイルを置いて、逆流している血液の流れを調整します。血管の中に異物を置くというのは不安に感じる方もいるかもしれませんが、医療用のプラチナコイルは年間で非常にたくさんの数が使われており、また血管のなかでは血栓化して固まるため、いったん留置したコイルが動いたりすることは決してありません。

この治療は正常な血管には影響を与えず、目立った副作用もありません。またメスを使うような切る手術ではなくため時間も1時間ほどです。「手術は避けたい」「仕事や生活に影響を出したくない」とお考えの方にも適しています。

詳しく知りたい方は、下記の治療実例もぜひご覧ください。

【治療実例】
陰嚢の重苦しい痛みと不妊の不安 精索静脈瘤カテーテル治療で改善した30代男性の症例

著者プロフィール

奥野祐次 M.D., Ph.D.(医師・医学博士)

オクノクリニック 総院長

専門分野:慢性疼痛、モヤモヤ血管に対する血管内治療、カテーテル治療・動注治療、画像診断(MRI・エコーを活用した精密な痛みの診断)

2006年3月、慶應義塾大学 医学部 卒業。2008年より放射線科医として血管内治療に従事し、2012年3月、同大学大学院医学研究科博士課程を修了(研究テーマ:「病的血管新生」)。同年4月より江戸川病院にて運動器疾患に対する血管内治療を専門に担当。2014年には同院「運動器カテーテルセンター」センター長に就任。2017年10月、神奈川県・センター南にて「オクノクリニック」を開院。
現在東京を中心に全国10院を運営するオクノクリニックの総院長。運動器カテーテル治療の専門医として、長年にわたり痛みに悩む患者の治療に取り組んでいる。

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奥野祐次(医師)

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