慢性痛治療の専門医による痛みと身体のQ&A

胸郭出口症候群

Q:胸郭出口症候群とはどんな病気ですか?

手や腕をつかさどる神経や血管が胸郭出口という狭い隙間で圧迫されることで、肩から手先にかけての痛み、シビレ、だるさ、握力の低下、手のむくみ、手の蒼白感などの症状が出るのが胸郭出口症候群です。英語ではThoracic Outlet Syndrome (TOS)と呼ばれます。

女性の方が男性よりも3倍かかりやすく、20代から50代の方がかかりやすいとされますが、野球やバスケット、バトミントンなどの手を挙げる動作の多いスポーツでも発症します。

治療はリハビリや日常生活動作の改善が主となり、そのような保存的治療で6割の人は症状が落ち着きますが、中には保存療法では改善せずに手術を受けられる方もいます。

また、実際には胸郭出口には問題がないのに、間違えて胸郭出口症候群と診断されてしまう方もいます。詳しくはこのページの下の方も参考にしてください。

胸郭出口症候群

Q:胸郭出口症候群はなぜ起こりますか?原因は何ですか?

手や腕の感覚をつかさどる神経は、首の高さで脊髄から分かれて「腕神経叢(わんしんけいそう)」という神経の束を形成し、腕の方に伸びていきます。この腕神経叢は、鎖骨下動脈と鎖骨下静脈という太い血管とともに走行します。

この腕神経叢と鎖骨下動静脈は、2つの狭い隙間(第一肋骨、前斜角筋、中斜角筋が作る隙間、および鎖骨と胸郭の隙間)を通りますが、これらの部位において神経や血管が物理的に圧迫される、またはひっかかって牽引されるストレスを受けることで、胸郭出口症候群が生じます。

このうち、神経が圧迫されるものを神経性と呼び、血管の圧迫によるものを血管性と呼んで区別しています。

1.神経性TOS
胸郭出口症候群(TOS)の大部分は神経性であり(90%以上)、その原因によりさらに圧迫型、牽引型、混合型に分類されます。圧迫型は筋肉質の男性、牽引型はなで肩の女性に多くみられるとされています。

2.血管性TOS
まれですが血管性の胸郭出口症候群(TOS)として動脈の圧迫による症状、または静脈に血栓ができるために起こることもあります。

Q:どんな人が胸郭出口症候群になりやすいですか?

生まれつきのものとして第1,2肋骨がくっついてしまう癒合症の方や、頚肋と呼ばれる頸椎から発生する本来は存在しない余剰骨、あるいは胸郭の形に異常がある方はこの病気になりやすいです。

他には、なで肩や姿勢不良(立位で頭が前に出た姿勢が多く、頸椎後屈・胸椎前屈・腰椎後屈の状態)により生じるとされています。鎖骨骨折やむち打ちなどの外傷をきっかけになる方もいます。

また持続的な障害としてリュックサック、上肢の筋力トレーニング、肉体労働があります。また野球、バスケットボール、バトミントン、テニス、バレーボールなどの、腕を上方に上げる動作を繰り返すスポーツでも発症します。

Q:胸郭出口症候群では、どんな症状が出ますか?

■神経性TOS
肩から腕、手先にかけてのしびれが最も多い症状です。
頸部、肩甲骨、肩から手にかけてのじびれ、痛み、頑固な肩こり、腕の脱力や握力低下も起こり得ます。腕が疲れやすいなどの症状もあります。しびれは上腕・前腕の内側、手の小指、薬指に出やすいです。
神経圧迫型では腕を上げるときに神経牽引型では腕を下げて重いものを持ったり、リュックサックを背負うことにより症状が出たり、悪化します。

■血管性TOS
血管性の胸郭出口症候群では、手や腕の冷たさ、血色不良(白くなるまたは青くなる)、浮腫み、腕を挙上すると痛みが出る、などが挙げられます。

Q:どんな検査で診断しますか?

胸部レントゲン検査やCT検査にて頸肋、第1肋骨奇形(第1-2肋骨癒合症など)を確認します。CT検査では腕を降ろした姿勢と挙上した姿勢とを撮影して比較することもあります。

末梢神経障害の確認のために針筋電図を用いた電気生理学的検査を行うこともあります。超音波診断装置を用いた斜角筋の形状の評価やパワードプラーという血液の流れをとらえるモードを用いた鎖骨下動脈の血流評価を行います。

Q:胸郭出口症候群かどうかを、自分でチェックできる方法はありますか?

特定の動作や姿勢をとることで問題になっている症状が生じるかどうか確かめる「誘発テスト」というものがあり、ご自身でチェックすることにも用いることができます。
(ただし、正しく行なえているかどうかの保証はないため、自己診断だけでなく専門の医療機関で診てもらうことが望ましいです。)

胸郭出口症候群の誘発テストとして腕神経叢の過敏さを評価するモーレーテストとルーステストがあります。

■モーレーテスト・・・
鎖骨の上のくぼんでいる部分を指で叩くと、腕の方にしびれが走ったり、同部位を押すと痛みがあるかを調べます。手指まで痛む3+、上腕まで痛む2+、局所の圧痛のみ1+などでスコアとします。スコアが高いほど胸郭出口症候群の可能性が高まります。

モーレーテスト

■ルーステスト・・・
胸をはって肩を挙上し、肩関節を外転90度、外旋90度、肘も90度屈曲の姿勢を保持して、この状態で手を開閉(グーパー)させます。この動作を継続する間にしびれが出たりだるくなったり、やめると症状が回復する場合は、胸郭出口症候群の可能性が高くなります。

ルーステスト

しかし上記2つのテストも万能なものではなく、他の原因で生じている手のしびれや腕の痛みでも陽性となることがあるため注意が必要です。

また、最近では胸郭出口症候群と間違えて診断されたものの、真の原因は他の部位にあるという報告も多くみられるようになっています。詳しくは下記の治療実例も参考にされてください。

手術が必要とされた胸郭出口症候群の症状に、カテーテル治療が著効した症例

20年以上続いていた、肩から腕の痛みやシビレへのカテーテル治療実例

Q:胸郭出口症候群を解消するストレッチはありますか?

頸部筋群の柔軟性を保つことで、胸郭出口症候群の原因とされる神経がしめつけられることや引っ張られることを防ぐことができます。

■1.頸部筋群のストレッチ
痛みのある側の鎖骨の下に反対側の手を置き、胸の部分を軽く固定します。痛みのない側へ首を横に倒し、顎を上に向けます。そうすると、首の筋肉が伸びて張ってくると思います。伸びて気持ちいいという程度のところで止めて15秒伸ばします。

痛みのある側の鎖骨の下に反対側の手を置き、胸の部分を軽く固定します。
痛みのある側の鎖骨の下に反対側の手を置き、胸の部分を軽く固定します。
痛みのない側へ首を横に倒します。
痛みのない側へ首を横に倒します。
首を横に倒したまま、あごを上に向けます。伸びて気持ちいいという程度のところで止めて15秒間伸ばします。
首を横に倒したまま、あごを上に向けます。伸びて気持ちいいという程度のところで止めて15秒間伸ばします。

■2.背中~脇腹のストレッチ
椅子に座ります。片側の手を反対側の膝に置きます。その手を膝からゆっくりとふくらはぎの外側に伸ばすように体を斜め前に倒していきます。この時、目線は足のつま先を見るようにします。そうすると、脇腹が伸びてくると思います。伸びて気持ちいいという程度のところで止めて15秒伸ばします。

椅子に座ります。片側の手を反対側の膝に置きます。
椅子に座ります。片側の手を反対側の膝に置きます。
膝に置いた手をゆっくりとふくらはぎの外側に伸ばすように体を斜め前に倒していきます。

膝に置いた手をゆっくりとふくらはぎの外側に伸ばすように体を斜め前に倒していきます。この時の目線はつま先へ向けます。伸びて気持ちいいという程度のところで止めて15秒間伸ばします。

Q:胸郭出口症候群になりました。完治するまでにどれくらいかかりますか?

完治までの期間は手術が必要な状況か否かによっても異なります。

軽症の場合は、手術には至らずに保存的治療で改善します。原因となる動作やスポーツを休むこと、数回の注射、内服薬などで改善し、期間としては2か月から3か月ほどが一般的です。

手術をして完治を目指す場合は、入院期間、その後のリハビリ期間、仕事やスポーツへの復帰のための期間が必要になります。このため、トータルでは手術を受けたから数か月から1年ほどが目安となります。

Q:胸郭出口症候群になりました。寝る時の注意点はありますか?

腕が重力で引っ張られないように横向きに寝る時は抱き枕を使用すると、腕の重みを支えてくれるので症状の悪化を防ぐことができます。

また、高すぎる枕は首から肩にかけての筋肉が過剰に緊張状態となりやすいです。頭だけを枕に乗せるのではなく、首の下にできる空間も埋めるようにすると過剰な緊張状態を防ぐことができます。

頭だけを枕に乗せるのではなく、首の下にできる空間も埋めるようにすると過剰な緊張状態を防ぐことができます。
頭だけを枕に乗せるのではなく、首の下にできる空間も埋めるようにすると過剰な緊張状態を防ぐことができます。
首の下に空間があると、首や肩周りの筋肉が過剰な緊張状態になりやすいです。
首の下に空間があると、首や肩周りの筋肉が過剰な緊張状態になりやすいです。
腕が重力で引っ張られないように横向きに寝る時は抱き枕を使用すると、腕の重みを支えてくれるので症状の悪化を防ぐことができます。
腕が重力で引っ張られないように横向きに寝る時は抱き枕を使用すると、腕の重みを支えてくれるので症状の悪化を防ぐことができます。

Q:胸郭出口症候群の治療にはどんなものがありますか?

不良な姿勢を改善させたり、痛みの原因となる運動や労働の中止をしたりといった、生活指導が最初の治療となります。また、ロキソニンなどの消炎鎮痛剤や神経性の痛みに対する内服薬が処方されることもあります。さらに神経周囲の炎症を緩和するためのブロック注射も行われます。

このような保存的治療で改善しない場合は、手術という選択肢を整形外科の先生に勧められることもあります。手術は第1肋骨を切除する手術や、同時に損傷した血管を別の血管で置き換える手術などが行われます。この手術では、神経を傷つけるリスク、あるいは手術をしても症状が改善しない、再発するなどのリスクがあります。

最近になって、胸郭出口症候群と診断されながらも、実際には手術をしなくても、カテーテル治療という方法で改善されている方が増えてきました。この新しい治療法に興味のある方は、下記の治療実例も参考にしてください。

手術が必要とされた胸郭出口症候群の症状に、カテーテル治療が著効した症例

20年以上続いていた、肩から腕の痛みやシビレへのカテーテル治療実例

引用文献:
『今日の整形外科治療指針第8版』
『運動器診療 最新ガイドライン』
『図解 四肢と脊椎の診かた』
Thoracic Outlet Syndrome. Jason Kaplan; Arjun Kanwal. StatPearls

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痛みをもたらす病気・けが

執筆 奥野祐次(医師)

医師 奥野祐次

医療法人社団 祐優会 総院長
オクノクリニック 院長
慶応義塾大学医学部卒業
慶応義塾大学医学部医学研究科修了

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