慢性痛治療の専門医による痛みと身体のQ&A

股関節唇損傷

Q:あしの付け根が痛くて病院に行ったら股関節唇損傷と診断されました。どういう病気ですか?

股関節唇とは股関節の臼蓋(お椀のような形の受け皿)の縁に取り巻いて付着している、リング状の軟骨でできた構造です。繊維性軟骨と結合組織でできており、大腿骨頭を包み込んでいます。股関節はボールとソケット(受け皿)とで成り立っているのですが、ボールにあたる大腿骨頭をつつむソケットの部分に、この股関節唇という軟骨組織が取り囲んでおり、股関節の安定化や荷重分散の役割を果たしています。この股関節唇に損傷が起こるとこれらの機能に障害が出るため関節の安定性が低下し、変形性関節症が進行する原因になると考えられています。

ゴルフやサッカー、バレエ、ランニング、ソフトボールなどのスポーツが原因で生じることもあります。また、先天的に股関節の小さな臼蓋低形成においても生じやすくなります。また、交通事故や転倒、落下、あるいはコンタクトスポーツなどの衝撃でも生じるとされています。

治療はリハビリや注射などの治療から始めることが一般的です。それでも改善しない場合は、手術も行われることがあります。

股関節唇損傷
股関節唇損傷

Q:股関節唇損傷ではどんな症状がでますか?

実は股関節唇損傷があっても無症状である人も多く見受けられます。一方で後で記載するような理由で症状が出てしまう人もいます。股関節唇損傷で症状が出る場合は、下記のような症状がみられます。

・股関節や鼠径部の痛み、長時間の立位、座り仕事、歩き仕事などで悪化することが多い。
・股関節の詰まり、引っ掛かり感やクリック音
・股関節の強張りや可動域制限

痛みは主に鼠径部(前側の脚の付け根)に生じますが、転子部と呼ばれる側面や、臀部に生じる場合もあります。

Q:足の付け根の痛みがあり股関節唇損傷では?と言われました。股関節唇損傷が原因で足の付け根の痛みが出てしまう人は多いのですか?

最近の研究によるとアスリートの股関節痛の20%程度は股関節唇損傷が原因であったとされています(※1)。性別による差はなく、どの年代でも起こりうると言われています。

Q:股関節唇損傷はどうやって診断しますか?

まずは今までの症状などについての病歴をお聞きします。また歩行の様子や股関節の可動域、特定の方向に股関節に力を加えることで痛みが誘発されるかをチェックします。

画像検査としてレントゲンで骨の異常を検出するのに優れており、骨折や形態的な異常を検出するのに役立ちます。MRIは軟部組織と股関節唇を直接描出する能力に優れており、近年股関節唇損傷の診断に有用となっています。MRI単独で診断は難しい場合には関節鏡が用いられることもあります。試験的に関節内に麻酔薬を注射し、痛みが軽減するかを確認することも役立つことがあります(※2)。

Q:股関節唇損傷になってから半年以上経過していますが痛みが続いています。股関節唇損傷の原因は何ですか?なぜ痛くなるのでしょうか?

まずは、股関節唇に物理的な損傷が起きてしまう原因についてですが、股関節への外傷(股関節脱臼、交通事故やスポーツ時の接触など)、ちょっとした転倒や落下、スポーツによる反復運動(長距離走、ゴルフ、ソフトボール、サッカーなどでよく見られる突然のねじれや旋回運動)などが挙げられます。

しかし、前述したように股関節に物理的な損傷があっても痛くない場合もあります。損傷部位に痛みのある人とない人の差については、痛みがある人の股関節唇を調べてみると異常な細かい血管が増えていることがわかっており(※3)、これが痛みの原因と考えられています。本来の股関節唇は軟骨でできており、血管がほとんどないのが正常なのですが、股関節唇損傷で痛みがあり、手術をして摘出された組織を調べてみると、血管が増えていることが報告されています(※3)。人間の身体は血管が増えるのと同時に神経も一緒になって増える性質があるため、この一緒になって増えた神経から痛みの信号が発せられると考えられています。

最近ではこの異常に増えた血管を標的としたカテーテル治療という日帰り治療も行われるようになってきました。
詳しく知りたい方は以下の治療実例のページも参考にしてください。
股関節唇損傷の痛みへのカテーテル治療の実例

Q:股関節唇損傷へのリハビリはどんなものがありますか?

それぞれの体の状態に合わせて理学療法士や作業療法士がプランを立てて、リハビリを進めていきます。主には、股関節周囲筋群が硬くなっていることが多く、これにより股関節の動く範囲(可動域)を制限し、股関節への負担が大きくなっている可能性があるので、股関節周囲筋群の柔軟性を獲得します。また、股関節以外の関節が機能不全を起こし、股関節への負担が大きくなっている可能性があるので、それぞれの関節や筋などの機能を把握し、動作の中で股関節に負担のかかりにくい動きができるように練習していきます。

Q:股関節唇損傷に有効なストレッチはありますか?

ここでは、股関節唇損傷の際におこなうと効果的な2種類のストレッチを紹介します。

■腸腰筋(股関節前面)のストレッチ

片膝立ちになります(左右どちらかの脚を前に出し足裏を地面につけ、ひざ、股関節を90度に。反対の脚は後ろに位置し、膝立ちの状態にします)。その状態で、後ろの脚を後ろ側に伸ばしていきます。この時、骨盤はまっすぐ前を向いたようにし、ひねらないように注意します。後ろの脚の股関節前側が伸びてくると思うので、30秒ほど伸ばしましょう。両側30秒×3セット。

腸腰筋(股関節前面)のストレッチ

1.片膝立ちになります。前側は股関節・膝関節を約90°に曲げます。

2.後ろの脚を後ろ側に伸ばしていきます。
この時、骨盤はまっすぐ前を向いたようにし、ひねらないように注意します。赤い○の部分が伸びてくるので、30秒ほど伸ばしましょう

■体幹~お尻のストレッチ

あお向けに寝ます。片脚を曲げて反対側の脚と交差します(反対側の膝の外側に足をつく)。体にひねりが生じるように交差した膝をさらに反対側に倒していきます。この時に両側の肩が床から離れないように気をつけます。そうすると、体幹の後外側~お尻の筋肉が伸びてくると思うので、30秒ほど伸ばしましょう。両側30秒×3セット。

体幹~お尻のストレッチ

1.あお向けに寝ます。
片脚を曲げて反対側の脚と交差します(反対側の膝の外側に足をつく)

2.体にひねりが生じるように交差した膝をさらに反対側に倒していきます。
そうすると、体幹の後外側~お尻の筋肉(赤い○)が伸びてくると思うので、30秒ほど伸ばしましょう

体幹~お尻のストレッチ
黄色の○の部分のように肩が床から離れないように気をつけます。
肩が浮いてしまうと十分な筋の伸張が得られなくなります。

どちらのストレッチも「筋肉が伸びて気持ち良い」程度の姿勢で30秒伸ばすようにしましょう。

Q:股関節唇損傷と診断されました。自然治癒しますか?どのくらいの期間続くなどのデータはありますか?

数週間で回復する人もいますが、それ以上続いた場合にどの程度かけて自然に改善するのか、あるいはよくならないのかについての十分なデータは出ていません。(※1)

Q:股関節唇損傷の治療法はどんなものがありますか?

治療法は症状の重症度によって異なりますが、保存的治療と手術があります。保存的治療には安静(股関節にかかる荷重がかからないようにするためにベッド上安静)、薬物療法(NSAIDSなどの消炎鎮痛薬)があります。保存的治療により数週間で回復する人もいます。関節内にステロイド注射が一時的に痛みを軽減させることもあります。

保存的治療で症状が軽減しない場合は手術を検討することになります。

関節鏡視下手術をして裂けた部分を修復したり除去したりする必要がある人もいます。手術で十分に改善する割合は報告によりまちまちですが、6割から7割の人が改善されたとする報告が多いです。MRIで炎症が強く見られる場合は改善率が低くなり2割程度だったという報告もあります。手術の合併症としては感染症、出血、神経の損傷、再発などがあります。スポーツ復帰には数週間から数ヶ月かかることもあります。(※2)

また下記に示すような、カテーテル治療という新しい治療法もあります。

Q:股関節唇損傷と診断され、リハビリや注射の治療を受けましたがなかなか痛みが治りません。手術を勧められていますが、手術以外の方法で痛みを改善させる方法はありますか?

前述したように痛みのある股関節唇には異常な血管が増えておりそれとともに神経が一緒に増えて治りにくい痛みの原因になっています。このような痛みを治療するための、カテーテル治療という新しい治療法も最近では行なわれています。詳しく知りたい方はこちらのページ「運動器カテーテル治療とは?」も参考にしてください。

また、以下の治療実例のページも読んでみてください。
股関節唇損傷の痛みへのカテーテル治療の実例

<参照>
(※1)Acetabular labrum and its tears. Br J Sports Med 2003;37:207–211
(※2)Diagnosis and treatment of labral tear. Chin Med J (Engl). 2019 Jan 20;132(2):211-219.
(※3)Seldes RM, Tan V, Hunt J, et al. Anatomy, histological features, and vascularity of the adult acetabular labrum. Clin Orthop2001;382:232–40.
(※4)Dorrell JH, Catterall A. The torn acetabular labrum. J Bone Joint Surg [Br]1986;68:400–3.

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痛みをもたらす病気・けが

執筆 奥野祐次(医師)

医師 奥野祐次

医療法人社団 祐優会 総院長
オクノクリニック 院長
慶応義塾大学医学部卒業
慶応義塾大学医学部医学研究科修了

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