奥野祐次先生のコラム

COLUMN
COLUMN.48

痛み専門医に求められるもの

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患者さんの声に耳を傾けることがいかに重要か。そして身体に触れて、どこからくる痛みなのかを調べる姿勢がなければ慢性的な痛みへの適切な診察はできません。

そのように考えるようになったのは、あることがきっかけでした。

 

私がまだ研修医の頃のことです。当時、いろいろな科を回るローテートの一環で、整形外科の専門医のもとで研修をしていました。その先生は手術が専門で、軟骨のすり減った関節を人工関節に取り換える手術を専門としていました。

 

あるとき、一人の患者さんが、「先生の人工関節の手術を受けてからもう2年経つけど、まだ強い痛みが続いています」と言ってきました。外来の診察室でのことです。

 

すると、その専門医はその日に撮ったばかりのレントゲンを指さして「痛いはずがない。人工関節は綺麗に入っている。これで痛いのはおかしい!」と怒鳴って、その患者さんの持っていた杖を取り上げて、診察室の窓から階下に投げ捨ててしまいました。

 

手術を受けたのに強い痛みが続いている、というのはどんなにつらいでしょう。そして、「まだ痛い」というのを思い切って伝えるのにどんなに勇気がいるか。

 

どうしてこんなことが起こるのでしょうか?

本当にその患者さんは痛いはずがなかったのでしょうか?

 

今では人工関節を入れた後にも痛みが続いてしまうことがありうることは、たくさん報告されています。人工関節の手術後の遺残疼痛と呼ばれます。

 

それらの専門的なことはさておき、ここでは、「レントゲンで異常が無ければ(綺麗に人工関節が入っていれば)、痛いはずがない」という教科書的な考えを重視してしまい、目の前の患者さんの声を本当には聞いていない専門医の姿勢があります。

 

触ろうともしないし、想像を巡らせることもしていなかったかもしれません。

 

整形外科の先生は多くの業務を抱えて、外来に立っているでしょうから、丁寧に診ることが容易ではなかったかもしれません。それでも、なかなか治らないという長引く痛みを診るためには、目の前の患者さんの声こそが正しいことだとして耳を傾けるスタンスが無ければ始まらないと感じた瞬間でもありました。

 

 

実際に、のちに私は自分が慢性疼痛という分野を専門にすることになりますが、未だ解決されていない痛みや、自分でも初めて経験するような珍しい状態の痛みを目にしたときに、まずはその痛みを抱えているひとの身体はどういう状態なのか?どんな生活を送っているのか?どんな種類の痛みなのか?どこからくる痛みなのか?どう感じているのか?あらゆることを聞きながら診察をすることを心掛けています。

 

「こうであるはずだ」という知識ではなく、目の前で患者さんに起きている痛みにフォーカスしています。

 

 

慢性痛は、一般的な診療の満足度が非常に低いという実態があります。一般診療では説明できない痛みがとても多くあり、また一般診療で推奨されている治療の効果が低いのです。

 

これはつまり裏を返すと、慢性痛についての教科書などを読んで、教科書が正しいと信じて診療にあたっても、あまり患者さんの役には立てないということです。

 

これが、確立された満足度の高い分野であれば話は別です。例えば、心臓のステント治療は完成された医療ですから、テキストブックを遵守することが重要です。

 

しかし、慢性痛の治療は未解決な問題が多すぎます。このような分野では、自分の知識や「こうであるはずだ」という思い込みにとらわれずに、そのような知識をわきにおいたところから、可能であればまっさらな状態で患者さんと向き合うことがとても有用なのです。

 

そしてそうすることで、多くの患者さんの痛みを解決するような診療をいくばくか提供できるようになりましたし、これからも発展させていきたいと感じています。

 

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