胸の痛み「胸痛」の原因や考えられる病気、それぞれの治療法
胸が痛い、と一口に言っても、その原因は様々です。緊急を要するものから、少し様子を見ても大丈夫なものまで、胸痛には様々な疾患の可能性があります。
私はもともと循環器内科専門医で、カテーテルによる治療を専門にしていました。ですから沢山の胸痛を訴える患者さんと出会ってきました。その経験をもとに胸痛、胸の痛みということについてまとめたいと思います。
胸部には、心臓、肺、胸骨、肋骨、そして表面の筋肉など、多くの臓器や組織があります。この中でも特に重要なのが、私たちの体の循環を担っている心臓や肺です。
心臓は左に位置すると思われていますが、真ん中からやや左にある臓器で、1日約10万回前後拍動、絶えず動いている臓器です。心臓自体への血液を供給している冠動脈(心臓を取り囲むようにして存在している)が重要な役割を果たしています。冠動脈が詰まると、「心筋梗塞」という病気が起こり、これは胸を圧迫するような、締め付けるような痛みとして現れます。
また、この血管が狭くなっている場合は、「狭心症」といって、歩いたり活動したりする際に心臓の酸素需要が増え、胸の痛みが発生することがあります。また、胸痛の重要な原因である肺の疾患としては、肺に穴が開く「気胸」や、肺静脈血栓症などが緊急性の高い病気として挙げられます。
これら以外にも胸痛の原因は多岐にわたります。以下、胸痛のチェックポイントを挙げ、それぞれについて詳しく解説していきます。
胸が痛む場合のチェックポイント
痛みの種類
胸が締め付けられるような感じ(専門的には絞扼感と呼びます)、圧迫感は、心臓が原因の場合によく見られます。「心筋梗塞」「狭心症」では胸部から肩にかけて放散する、放散痛が出現するのも特徴です。
また胸痛とともに強い背部痛をともない突然発症する場合は、「大動脈解離」という命に関わる重大な疾患の可能性もあります。
一方、チクチクとした痛み、たまに出現するような痛みは、心臓の問題ではないことが多いです。 ズキン!と一瞬来る痛みは、心臓の場合は「不整脈」のこともあります、繰り返さなければ、重大な疾患であることは少ないです。
痛む場所
痛みの場所についても注意が必要です。痛みが特定の場所(「ここ!」と指で示せる場所)にある場合は、心臓ではなく、肋骨や胸骨の骨が原因であることが多いです。その部分を押すと痛みが強まる(圧痛)場合は、この可能性がさらに高くなります。例えば「肋骨骨折」や、「肋間神経痛」、「肋軟骨炎」です。
痛みが出る状況
息を吸うと痛む場合は、胸郭が広がる動きにより、肋骨や肺に何か問題がある可能性が高いです。特に肺の問題でよくあるのが、肺に穴が開く「気胸」です。また「胸膜炎」は比較的稀な疾患ですが、炎症により神経興奮をきたしますので、胸痛の原因になります。
一定の姿勢をすると胸(鎖骨付近)の痛みや手のしびれがでたりする疾患として「胸郭出口症候群」があります。
痛みの持続時間
痛みの持続時間もヒントになります。
一日中何をしていてもズキズキずっと痛い場合は、あきらかな原因が特定できない「胸痛症候群」の場合もあります。
胸が痛む場合に考えられる病気
心筋梗塞
心臓を栄養している冠動脈という血管が完全に閉塞してしまう病気です。
心臓の筋肉は虚血(血流が途絶えて、心臓の筋肉に酸素や栄養がいかなくなってしまった状態)に弱いです。突然血管が詰まると、早ければ30分程度で心臓の筋肉は死んでいきます。緊急性を要する、命に関わる病気です。
主な症状としましては、胸の強い圧迫感、痛み、息切れ、冷汗、吐き気が持続して起こります。また予兆のように、短時間の痛みが出現(pre conditioningと専門的には言います)することもあります。
冠動脈が完全に閉塞する原因は、プラークという、冠動脈の血管壁張り付いているものが破綻して、そこに血栓ができて血流を遮断させるからであるとわかっています。全く基礎疾患がない人がかかることもありますが、多くの場合は基礎疾患として高血圧、高コレステロール血症、糖尿病、喫煙歴がある方が、かかりやすいです。
治療方法としましては、急性期(とくに発症から24時間以内)である場合は、カテーテルによる再開通療法が有効です。
糖尿病などをお持ちの方は、胸痛などの症状を感じにくく、知らない間に心筋梗塞を起こしていることがありますので、注意が必要です。
大動脈解離
主な症状としましては、急激な胸痛、背中への放散痛を特徴とします。
大動脈は外膜、中膜、内膜という3層構造で構成されています。その大動脈の外膜と内膜の間(中膜が壊死を起こすのではないかという説もあります)、何かきっかけでそこに血液が流入することで、循環不全を起こす命にかかわる疾患です。
大動脈から分岐している血管が圧迫されることで、臓器虚血(内臓に血が十分に行き渡らない)をきたすこともあります。
高血圧を持っている方、また生まれつき、結合組織が弱い(血管壁が脆弱である)方に多いと言われています。
治療方法としましては、基本的には安静、高血圧の管理が重要になりますが、上記の臓器虚血をきたしたり、解離が心臓まで及ぶ場合、心臓の冠動脈を圧迫したり、心臓の周りの膜にまで血液が貯留して、心タンポナーデという状態になる場合には、緊急手術が必要な事もあります。
心筋炎
心臓の筋肉がウイルス感染などをきっかけに、炎症を起こす事で心臓の筋肉の動きが悪くなり、うっ血性心不全、循環不全を起こす疾患です。稀な疾患ですが、胸痛の鑑別疾患とし非常に重要です。
主な症状としましては、胸痛の他に呼吸困難、疲労感、不整脈の出現による動悸、など多彩な症状を来します。またウイルスや細菌感染が原因になっている場合は、全身の菌血症をおこして高熱をきたすこともあります。
気胸
外傷や咳をきっかけに、肺に穴が開く疾患です。また、明らかなきっかけがなく起こる自然気胸という疾患もあります。
症状としては、急な胸痛、深く息を吸うと胸が苦しい、などの症状がでます。また、緊張性気胸と呼ばれる状態になると、息ができなくなる、呼吸困難をきたすこともあります。
治療方法としては、軽いものであれば経過観察、症状が強く重症になってくると、胸腔内へのチューブ挿入による空気抜き、時には手術を必要とすることもあります。
肺血栓塞栓症
肺血栓塞栓症は、血液の固まり(血栓)が肺の血管を詰まらせる病気です。この血栓は通常、脚や骨盤の深部の静脈から来ます。
この病気には急性と慢性の二種類があります。
急性肺血栓塞栓症は、新しくできた血栓が肺の血管を急に塞ぎます。これは肺の高血圧や心臓への負担、酸素不足を引き起こし、場合によってはショックや突然の死に至ることもあります。小さな血栓の場合、症状が軽いこともあります。
慢性の場合は、血栓が固まって肺の血管を狭めたり完全に塞いだりします。
症状には、胸痛、胸部圧迫感、胸のズキズキとした感じ、血の混じった痰などがありますが、この疾患に特徴的な症状というのが存在しないため、診断が難しいことがしばしばあります。
診断は、患者の症状やリスク因子(高齢、手術歴、肥満、心不全、慢性肺疾患、脳血管障害の既往、長距離の旅行など)を考慮して、CT、超音波、血液検査などで行います。
予防としては、リスク因子がある時に予防的な抗凝固療法を検討し、長期間の臥床や手術後には適切な予防策を取ることが大切です。先ほど話した通り、症状からは診断が難しいこともありますが、早期発見と適切な治療が重要です。
帯状疱疹後神経痛
帯状疱疹後神経痛は、帯状疱疹の合併症で、特に60歳以上で発症しやすい病気です。帯状疱疹は、水痘・帯状疱疹ウイルスによって起こり、このウイルスは一度感染すると体内に潜伏し、免疫力の低下などで再活性化して帯状疱疹を引き起こします。
帯状疱疹後神経痛の主な症状は、帯状疱疹が発生した部位に持続する激しい痛みです。
特に帯状疱疹のウイルスは、肋骨の裏に走行している、肋間神経を侵食し、痛みをきたすことが知られています。
この痛みは焼けるような感じや突き刺すような感覚で、非常に不快です。また、軽い刺激にも過敏に反応するアロディニアも特徴的です。
治療方法は様々で、抗てんかん薬、抗うつ薬、オピオイドなどの内服薬、リドカインなどの局所麻酔薬を含む外用薬、そして最近では、瘢痕組織内の余計な血管と神経を標的としたカテーテル治療が効果を示しています。しかし、万能の治療法はなく、症状は個人差があります。
予防としては、早期に帯状疱疹の治療を開始することや、50歳以上の方に推奨される帯状疱疹ウイルスのワクチン接種があります。
多くの場合、症状は数ヶ月で改善しますが、一部の患者では1年以上続くこともあります。
肋軟骨炎
肋軟骨炎は、肋骨と胸骨の接合部に痛みが生じる疾患です。主に胸部の左側に発症することが多いですが、両側のすべての肋骨に生じる可能性もあります。心臓疾患や乳がん、帯状疱疹など他の病気との鑑別が必要です。
肋軟骨炎は特に原因がないことが多く、通常は腫れを伴いませんが、腫れがある場合はTietze症候群という別の病気の可能性があります。咳や身体の動きで痛みが生じるのが特徴で、通常は数週間で自然に治りますが、長期化することもあります。
肋軟骨炎の症状は胸部やあばらの痛みで、上肢の運動や深呼吸などで悪化します。肋軟骨炎は局所の圧痛を伴うのが特徴で、ここが痛い!と指をさせる場所が痛い、また圧迫するとより痛くなる(圧痛点がある)のも特徴です。
原因は外傷、繰り返しの負担などで、何らかの関節炎や感染症、腫瘍が原因の場合もあります。
治療法は内服薬、理学療法などがありますが、長期にわたる場合は、異常な血管を減らす新しい治療法も存在します。
逆流性食道炎
逆流性食道炎は、胃から食道への胃酸や消化物の逆流が原因で起こる病気です。通常、食道と胃のつなぎ目にある下部食道括約筋が食物の通過時以外は閉じており、胃の内容物が食道に逆流するのを防いでいますが、この筋肉が緩むとことで胃の内容物が食道に逆流し、逆流性食道炎を引き起こすことがあります。
原因として、加齢、胃内圧の上昇(食べ過ぎ、早食いなど)、腹圧の上昇(肥満、衣服による締め付け)、などがあります。
主な症状としては、胸焼けや、食後の胸やみぞおちの痛みがあります。他の胸痛の違いとして、食事と関係していることが挙げられます。
診断は内視鏡検査によって行われます。
治療は、胃酸を抑える薬の投与と生活習慣の改善が必要です。食べ過ぎや早食いを避け、高脂肪食やアルコール、炭酸飲料、喫煙を控えること、食後は横にならず、夜間の逆流症状がある場合は頭を高くして寝ること、肥満体型の方は体重減少に努めることなどが重要です。
胸郭出口症候群
胸郭出口症候群は鎖骨と第一肋骨、前、中斜角筋の間を通る神経・血管のトンネルが狭いことがにより生じる、上肢のしびれや、肩、腕、肩甲骨周囲の痛みが生じる疾患です。患者さんからの訴えとしては、「電車で吊り革を持てない」「ドライヤーを長時間持っているのが辛い」「携帯電話で長時間通話がしんどい」といった症状がよく挙げられます。
血管や神経の圧迫が圧迫されることで、血流が減少して症状が出現すると言われていますが、実際に臨床の現場を見ていると、血管が圧迫されて症状が出現している症例は少なく、ほとんどの症例で神経の圧迫が疑われます。
診断はルーステスト、モーレーテストという検査が有効です。
ルーステスト
ルーステスト 写真のような姿勢になり、手のグーとパーを繰り返します。神経が圧迫されていると、グーとパーの繰り返しが1分もできないこと多いです。
モーレーテスト
鎖骨の上のくぼんだ部分には、重要な神経が通っています。この部分をたたくと、しびれが広がることがあります。そのしびれがどこまで到達するかで重症度が決まります。鎖骨のみにとどまるのか、肩まで放散もしくは手まで放散するのか。手まで放散する場合は重症であることが多いです。
画像診断では、頚椎のレントゲンやCTを用いて、第一肋骨と鎖骨の位置関係を確認します。特にC8神経根の領域における症状が多く見られ、C8の神経根ブロックが治療法として適用されることがあります。この症状はC7神経根の症状よりも一般的です。
胸郭出口症候群の診断と治療は、患者の症状と画像診断の結果に基づいて慎重に行われる必要があります。
心臓神経症
心臓神経症は胸痛症候群に含まれる疾患で、胸の急な痛みが特徴で、医師の診断で特に異常が見つからない病態を指します。若い女性に多く、痛みは刺すような、チクチク、ピリピリ、胸が締め付けられる感覚などがあります。この痛みは体を伸ばしたり体勢を変えることで軽減したり、逆に現れたりすることがあります。この症状は、成長期や思春期によく見られ、筋肉や骨格の成長に関連しているとされており、時間が経つにつれ自然に良くなると言われています。
若い人の胸痛は一般に、命に関わる疾患である可能性は低く、大多数は胸の表面に原因がある痛みと考えられます。胸痛の原因はさまざまで、心臓、肺、消化器系の病気、皮膚の傷、ストレスなどが挙げられます。
異常が見つからない場合、精神的なものだと言われることも多いのですが、ぜひ調べて欲しいのが、体に必要な栄養素が不足することで出現している痛みの可能性があるということです。私が4年前から診療に取り入れているものにオーソモレキュラー医学というものがあります。
当院へ慢性疼痛を主訴に受診した女性の9割で、鉄分が欠乏していました。
鉄は私たちの体にとって非常に重要なミネラルで、多くの体の機能に影響を与えます。特に、赤血球の生成、コラーゲンの生合成、および脳内の内分泌物質(セロトニンやノルアドレナリン)の生合成において重要な役割を果たします。その鉄欠乏は、通常健康診断で行われる採血では見逃されているのです。
採血で、フェリチンという、体の貯蔵鉄を反映する指標があるのですが、その値が正確に評価されないことにより、実は鉄分が不足しているのに見逃されてしまっている、適切に治療されていない、という症例が多く存在します。
鉄が欠乏するとさまざまな不調をきたします。
代表的なものとして、寝つきが悪い、疲れやすい、湿疹ができやすい、頭痛、風邪をひきやすい、洗髪時髪の毛が抜けやすい、集中力が低下する、体動時に息切れがする、むくみがある、などです。
胸痛も代表的な症状ですが、これらはすべて通常病院を受診したとしても、不定愁訴として扱われてしまいます。
上記の症状に思い当たりがある方は、ぜひフェリチンを調べてみてください。フェリチンは50以下で中等度の鉄欠乏(上記の症状がでてもおかしくない)、100以上が理想の数値です。
何科を受診すればいい?
胸痛を自覚した際に、心臓が原因と考えられる場合は、内科、特に循環器内科の受診をお勧めします。また肋骨の痛みは、整形外科や、ペインクリニック、逆流性食道炎が疑われる方は、消化器内科の受診が望ましいです。
私が勤務するオクノクリニックは、上記の医院を受診しても、原因がわからない痛み、よくならない痛みに対して、新しく増えた血管(モヤモヤ血管)が原因で痛みが持続しているのではないか、ということに注目しているクリニックです。ぜひご相談ください。
胸痛はさまざまな原因がありますが、病歴を丁寧に聞き、診察をすることで身体のどこに問題があるかはわかります。どこにいってもなかなか診断がつかない胸痛、胸の痛みに悩まされている方、ぜひご相談ください。
著者プロフィール
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オクノクリニック神戸三宮院、宮崎治療院院長。循環機器内科専門医。
医学部卒業後、循環器内科医として心臓血管カテーテル治療に従事。2012年11月~2014年10月アメリカSkirball Center for Innovation (ニューヨーク州、血管内治療デバイス研究施設)に研究留学。2016年3月大学院博士課程修了 研究テーマ「冠動脈ステント留置後の病理組織と光干渉断層法の画像の比較について」。
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