アスリート・インタビュー

Athlete Interview

オクノクリニックはスポーツ選手・アスリートに対する治療も行っております。
実際にオクノクリニックで運動器カテーテル治療を行った、アスリートの方のインタビューをご紹介します。

インタビュー9車いすバスケットボール
藤本 怜央選手(SUS株式会社所属)

佐藤大志選手

日本選手権で11年連続得点王。アテネ・北京・ロンドン・リオのパラリンピックに連続出場し、日本代表キャプテンを務め現在は車いすバスケットボール「宮城MAX」で活躍中の藤本怜央選手にお話を聞きました。

バスケに対する思いについて

ー車いすバスケとの出会いについて


藤本

18年前になります。
静岡出身で、宮城県の東北福祉大学に進学しました。大学には車いすバスケットチームがあり、前年国体で3位の成績をおさめていたので、興味がわきました。
それまでは義足をつけた状態でのバスケはプレーしていましたが、全国レベルの車いすバスケをみた時に感動し、自分もプレーしたいと思ったのが始まりです。
見学に行くと、身長180cm以上で体格もがっしりしていたので入団前提で話がどんどん進み、自然とチームの一員になっていました。
車いすバスケは、足をベルトでイスに固定するため膝を使ってシュートをすることができません。上半身と腕の力だけで3m5cm上のシュートを狙う必要があります。
目線も違えば、身体の使いかたも異なり完全に別のスポーツでした。

ー日本代表チームのキャプテンになり志していたことや思いについて


藤本

2012~2016年の4年務めました。
アテネパラリンピックから継続して選手として出ていますが、キャプテンになり責任ある立場は自分を成長させ、充実していました。
自分も選手としてプレーをしながら、リーダーとしてチームをまとめ、時にはバックアップをする役割など、チーム全体を見守ることを使命に感じていました。
下は16歳から上は40歳のチームメイトの中で、年齢に関係なくメンバーの声として誰もが発言できる環境を心掛けました。
日本代表は、国際大会でメダルをとることが最大の任務。1人1人で考え、意見を持ってもらうことで、僕がいろいろ言わなくても任務を全うするチーム構成をつくることができました。

痛みについて

ー肘の痛みについて、経緯やご自身で行っていたケアなど


藤本

2015年の夏ぐらいから肘の痛みが気になりました。
最初は、曲げ伸ばしがつらく肩に手がつかなくなりました。床にあおむけになり腕を伸ばした時、前腕から手首がつかない状態になり右の手は浮いていると思いました。
ただリオパラリンピックをひかえていたので、休めない状況でトレーニングは続けていました。
症状は悪化し、顔を洗うときも手が届かなくなりました。他にもボールを掌でホールドする動作で激痛が走り、シュートをしようにも肘がのばせなくプレーができなくなりました。
でも手術をしている時間もなくリオに行き、トレーナーに肘をほぐしてもらったり、針をしたりと筋肉をつねにほぐす痛み止めを飲んで耐えていました。
リオが終わると1週間後には、ドイツのリーグに参戦することがわかっていたので治す暇がなかったです。
約半年間ドイツで痛み止めやヒヤルロン酸を注射し、マッサージをうけながらシーズンの後半から試合に参戦していました。
2017年4月まで、この激痛を伴いながら試合に出ていました。
日本で次の代表が決まり始めたころ、メスを入れずに痛みを治す方法を探していたところ奥野先生を知りました。

ー奥野先生に受診されたときの気持ちについて


藤本

痛みをどうにかしたかったです。
今まで、治すためにレントゲンを撮り診察を受けても明確な原因が分からなかったです。友達にどこの病院がいいか聞いたりもしていました。
それが診察時に奥野先生が「この痛みはとれますよ」と言っていただき、やっとこの痛みから解放される、あぁこれで治ると気持ちが落ち着いたことを覚えています。
今までの痛みの経緯や症状を聞いていただき、エコーで肘の痛みのある個所を診てもらった結果、炎症が確認されました。これが痛みの原因「異常な血管」だと知りました。
痛みの原因が分かったので、率直に言うとあぁこれで治るなと思いました。
ほんとうに、神かと思いました。

ー治療をうけた感想とその後


藤本

はじめは、大がかりな手術だと想像していました。
実際は、手首からカテーテルを入れるための局部麻酔で映像をみながら奥野先生の話を聞きつつ治療してもらいました。
痛みもまったくなく、患部が熱いなっと感じましたが処置をしているか分からないぐらいでした。あっという間に終わった印象です。カテーテル直後、リハビリ期間も何もなく効果が分からなかったのですが、肘をまげたときに全く痛みがなく力を入れても大丈夫でした。自分の感覚の中で、「あっ、治った」と思いました。
治療3日後に、合宿に参加し気遣いながら2~3割の力で車いすにのって、競技をしましたが痛くなかったです。2年ぶりに痛みがない手の感覚が快適すぎて、自分の腕じゃないみたいでした。痛いことが当たり前になっていました。
体力を維持したまま、痛みを取り除いてもらった治療だと思っています。
痛みがあると、痛くならないようなプレーに変わってしまうので、それは成長にはつながらない。この痛みがあったせいで、2年間成長しにくい状態だったと思いました。
しかし、辞めることはできなかったです。辞めることは、引退を意味するからです。
今回を機に、痛みをしっかり治し向き合うのもアスリートの使命と学びました。
我慢するのではなく、痛みがあったとき相談できる相手とつながりをもつことは、トップアスリートのメンテナンス法として重要です。
一度治してくれた先生がいるこの事実は、支えになります。
だからスポーツも続けていける安心につながります。
今後も、健康的にいかに選手生命を長く維持するかも年頭に車いすバスケのトップアスリートでいたいと思います。


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